2007年12月15日土曜日

Jackson医師会パーティー

←おでぶのボーカル(中央)が女装して歌っている








←隣がDR.Raza







←妻とRazaの奥さんと一緒に








ダンス風景








Fraiday 12/14/2007
本日はMSUのgeriatricianであるDr.Raza Haqueの招待を受けて、Jacson County Medical Society(Jackson市の医師会)主催のディナーパーティーに妻とともに参加してきた。
紹介状にはbrack tie(タキシードに蝶ネクタイのこと)着用とあり、こちらではじめてのformalなpartyとのことでドキドキしながらの参加であった。
 Jacksonは、East Lansingの南約30マイルのところにある街であるが、今回も道に迷ってしまい、人に道を聞きながら会場であるCounty Club of Jacksonに到着したときは予定よりも30分以上遅れてしまった。しかし、遅れたのが幸いしてちょうどメインのディナーが始まるころの到着となり、すぐにご飯にありつくことができた。
 会場にはJackson市の医師が多数集まっており、みんなドレスアップして、夫婦のみで参加ていた。Dr.Razaにたくさんの医師を紹介してもらった。日本と同様に、医師会の集会となると開業しているドクターがほとんどのようでった。たまたま僕たちの席に話をしにきてくれたFamily doctorの一人に、僕のMSUにきた目的を説明すると、「自分の診療を見学に来てくれてもいい」と言ってくれたため、連絡先をいただくことができたのはよい収穫であった。
 会は、アメリカ、インド、イタリア料理やワインもあり、そのほかにもバンドの演奏あり、ダンスありで大変もりあがり、楽しい会であった。
 宴会は夜遅くまで繰り広げられ、お暇したのは11時半ころであったが、場内にはまだたくさんの人が残っておしゃべりをしていた。

Sparrow OB/GYN Women's Center

Friday 12/14/2007
本日は、Dr.Andreas Kuhnのshadowingで、Sparrow OB/GYN Women's Center
を訪れた。
Medical Arts Buildingの一階の一角にあるそのオフィスは、その名の通り、産婦人科外来専門オフィスで、家庭医とSparrow hospitalの産婦人科医師が協働して診療にあたっている。家庭医は、火曜日の午前と金曜日の午後が担当単位で、その他は産婦人科医による診察になるとのこと。
家庭医の診療単位のときは、家庭医レジデントの研修施設になっているため、基本の診察は全てレジデントによって行われ、そのattending doctor(プリセプター)として、MSUからDr.Kuhnが派遣されているとのこと。僕が話したレジデントの説明によると家庭医はprenatalケアのみに携わっており、患者さんは基本的には産科医、家庭医のどちらでもかかることができるとのこと。家庭医は当然リスクが高いお産の場合は産科医に紹介するが、それでもリスクがない患者をみることで産科医はとても助かっているはずだといっていた。患者さんの中では、あまり家庭医による診察と産科医による診察の区別はないような感じであった。
 僕が訪問した日はレジデントが4人いて、卒前医学生が1人という布陣であった。レジデント一人が患者を3、4人程度みていた。僕は診察のタイミングにあわせて何人かのレジデントの診療を見学をさせてもらった。医療保険がない妊娠30週台のお母さんのケースがあり、お金の問題からエコーを拒否されていた。専属のsocial workerが対応していた。
 診察はClinical Centerでの家庭医の妊婦検診と一緒で、子宮サイズを計り、胎児心音をドップラーで確認する。35週くらいの人にはルーチンでGBS(グループB溶連菌)の検査をしていた。
家庭医は全くリスクがない人だけをみているのかと思っていたが、実際には、羊水過多の人や、血圧の高い肥満女性なども見ており、むしろ全くリスクがない人の方が少ないのではないかという印象を持った。
 患者さんの許可をいただいて、35週の患者さんにLeopold's maneuverと胎児心拍のドップラーをさせていただくことができた。
 Dr.kuhnは、大変フレンドリーで明るいドイツ出身の家庭医で、ドイツでは日本と同じく家庭医がお産を扱うことがないとのこと。将来は、友人や親兄弟がいるドイツに戻ろうと思っているが、自分にとってお産は大変刺激的で、日々のルーチンワークの診療でたまった疲れをリフレッシュしてくれるのでprenatalケアはやめたくない、と言っていた。彼は、このクリニックには家庭医の担当のときはいつでも見に来てくれてもいいとも言ってくれ、また、オンコールのときは患者さんの許可を得ることができればお産のときに呼んでくれることも約束してくれた。これで、家庭医によるお産を見学できる道が開けたので大変嬉しく思う。

Shadowing(Clinical Center)

11月の末から12月の中旬にかけてMSUのClincal Centerで、以下のドクターのShadowingをした。

11/26 Cathleen Abbott
-妊婦検診4人くらいあり。MSUの中には診療でprenatalケアをしているドクターが4人程度いるそうだが、その中でも一番患者数が多いとのこと。その他は整形疾患(frozen shoulder)、2ヶ月検診の子供のワクチン、Aquatherapyの紹介、かなり重症のうつ疾患2名などあり。
-EMR(Electrical Medical Record)への記入は基本的には診察後

11/28 Vince WinklerPrins
-受診ではない子供にもちゃんと声をかけて配慮していた。説明はかなり丁寧。
-患者さんの中に皮膚硬化症の亜型というsteroid dependantのかなりの重症患者がいて、Vinceの説明によると「あの患者は家庭医が皮膚疾患に対して何もしてあげられないのは分かったうえで診察にくる。日ごろのストレスを聞いてくれる医師がいるだけで、彼女は満足しているようだ。家庭医にはそういう役もあると思っている」とのことであった。
-EMRへの記入は基本的には診察後

11/29 Hend Ashary
-EMRへの記入は基本的には診察後

11/30 Braian Rayala
-年齢が近いのもあってか一番好感の持てた医師。説明も丁寧。
-14歳のうつの患者を家族療法家に紹介していた。
-フィリピン出身のドクターで、日本のシステムの現状を聞いてフィリピンのシステムとの違いを説明してくれた。
-EMRへの記入は基本的には診察後

12/10 David Walsworth
-診察しながらEMR記入。
-Reminder機能をはじめ、電子カルテの機能を一番使いこなしていた。たとえば、子供のワクチンや、大腸がん検査、PSE検査、コレステロール値から算出する10-year colonary riskの説明など。

12/11 William Wadland
-診察しながらEMR記入。
-ベンゾジアゼピン系の薬はrifillが早くなくなる人の場合は要注意ということを聞かされた。
-travel medicineの患者はhealth centerの中のtravel medicineを紹介していた。

<その他所感、気づいた点>
-個室の診察室に入っている患者さんのところにドアをノックして入るスタイル。診察室には診察台があり、足台が診察台からニョキッと出るようになっていて、婦人科の診察もできるようになっている。電子カルテが一台備わっていて、処方箋などをだすときや、lab検査の結果説明をするときなどに用いている。ドクターによっては、診察中は一切カルテ記載はしないで、しっかり患者の話を聞くことに重点を置いている人が多い。
-大体、1単位当たり1日7人~10人くらいの患者数。一人15分から30分程度の診察時間
-落ち着いている慢性疾患の患者であれば3~6ヶ月ごとのフォロー。その間の処方はrefill(薬がきれても、決まった期間は診察なしで薬がもらえるようになっている処方箋)でまかなわれる。
-2割り程度の患者はうつあり。印象としては、日本よりもやや多い印象。大学のクリニックというバイアスはあるかもしれない。
-日本より、副作用を訴えたりアレルギーを訴える患者が少し多い印象。神経性の疾患が多いのとも関連するか?
-家族歴はかなりこまめにチェックしていたのが印象的であった。1回のvisit毎にたいてい確認していた。
-患者層は心疾患、うつ、偏頭痛(以外に多い)、筋骨格系、甲状腺内分泌、皮膚疾患、成人病疾患など。患者層は幅広く、日本よりもやや精神疾患が多い印象意外は、患者層にはそれほど差はないと思われる。やはり慢性疾患が多く、感染症などの急性疾患は少ない。 -Health Mentenanceは限られた時間の範囲内で比較的しっかり指導している印象あり。teenagerの指導は患者数もあまりなくあまりみる機会がなかった。シートベルトやヘルメット、避妊や酒、ドラックなどのカウンセリングの機会はなし。変わりに、PSE検査の利害説明や、DMのfoot touchの検査、運動のすすめやコレステロールの管理の件、禁煙指導などはよくされていた。婦人科の乳がん検診とpap smearは普通の診療の中に組み込まれていた。コレステロールの管理は日本よりもかなり徹底して行われている印象で、一応life styleの変化を促す一方で、スタチン系の薬はバンバン投入されている印象だった。
-身体診察は、ルーチンで、耳、鼻、のど、甲状腺、頚部を見ていた。たまに時間が押しているときは省かれるが、こっちでもお作法として定着しているのか、基本的には全患者診察していた。
-基本的に全てのドクターは日本と同じでかなり忙しい。特に臨床、教育、研究をこなしているドクターは日本と同じで相当忙しい様子。1単位4時間の外来は10人程度でも毎回ほぼ時間枠を超えることが多い。みんな、1人一人の患者がけっこう複雑な疾患を持っているうえに、フォロー期間が長いのもあって、訴えを聞くだけで一人ひとりかなり時間がかかる印象。 

2007年11月24日土曜日

Travese City

11/19/2008~11/21/2008
<Traverse City>
http://www.visittraversecity.com/
11/19からTraverse Cityにあるレジデンシー見学をするために、Traverse CityのMunson family Practice Centerを訪れた。Travese CityはEast Lansingから北西184マイルのところにある、ミシガン湖に面した小さい街である。見学の予定が11時半からであったため、朝7時過ぎにEast Lansingを出発し、ホテルSeashore Resortに到着したのが10時半であった。
訪れた季節柄、人はそれほど多くなかったが、夏場は、観光地としてかなりの人でにぎわうようで、ダウンタウン自体の規模は小さいものの、おしゃれな店や雰囲気のいいレストランが並んでいた。
夕食は2日とも、少しおしゃれなレストランで外食した。初日は、イタリアン、2日目はアメリカ料理であったが、どちらも料理の割りに値段が大変リーズナブルでおいしかったため満足できるものであった。
Travese City北西部には、Sleeping Bear Duneという国定湖岸にもなっている砂丘があり、色の美しいミシガン湖とマッチして美しい景観を呈していた。ワイナリーを始め、果物畑が豊富で、そういう農作物地帯としても有名なようである。自然が豊富で、夏場や秋の紅葉の季節はたいそうきれいなところだと思う。









<The Family Medicine Residency at Munson Medical Center>
http://www.munsonhealthcare.org/locations/mmc/mmc.php
家庭医療科レジデントが各学年5人で、Facultyが6人いるとのこと。DOも受け入れている。電子カルテは近々導入予定とのことだが、今のところ紙カルテを使用していた。
7つの病院、多数のクリニック、4つのホームヘルスケアセンターなどからなる北部ミシガンにあるネットワークのなかの1施設がMunson Medical Centerであり、病院とクリニック、ナーシングホーム、ホスピスを持つ複合医療施設となっていた。ヘリポートも完備している。ここの病院はNICUがなく、ほかにもより高度の医療提供が必要なときは、Grand Lapidsまで運ぶそうである。
美しい景観のなかでゆったりすごせる雰囲気のあるナーシングホームや、ホスピスは、まさに治療にふさわしい立地であると思われた。
ちなみに、Munson Medical Centerは、米国トップ100病院の1つに入っているそうで、いただいたレジデンシーのハンドアウトにもネットのサイトにも誇らしげに宣伝されていた。

<Munson Family Practice Center>




到着後、Dr.Websterが施設紹介をしてくれて、そのあといきなり昼食付きの会議に参加した。会議には3年目のチーフレジデント2人と指導医が全員、秘書さんや、ナースも参加していた。ここでは、初日と2日目の午後にプリセプティングの風景を見学した。
 見学した日は、4人の研修医が外来をするというので、2人の指導医がついていた。2人の研修医に対し、1人のプリセプをつけるという、この教育に対する理解の深さがアメリカの教育が進んでいるという所以なのであろうし、それでも人材的にも経済的に成り立つという構造はどのように日本とは違っているのかは興味のあるところである。しかし、実際は指導医の一人はほぼ部屋にいなかったので、実質メインが決まっていてその人が中心にプリセプしているようだった。プリセプは、常勤以外にも、周囲で開業している医師が自分のトレーニングがてらに週に半日だけとかの頻度でプリセプに来ているとの事であり、見学した2日とも、メインのプリセプは外の開業医であった。プリセプのやり方も個人個人で変わるようで、できるだけレジデントと一緒に診察室で患者さんを見る人と、プリセプ部屋でのコンサルトで終わる人がいたのが面白かった。特に決まったやり方はないようである。
コンサルトは義務ではないようで、ちょっとアドバイスが欲しかったり、一緒に見て欲しいときに限りコンサルトしているようであった。しかし、これは、学年にもよるのかもしれない。
レジデントの診察は、一般的なレジデンシーでは、1年目はハーフでいバックを週1日、2年目はハーフデイバックを週3日、3年目はそれ以上、といったシステムをとっているところが多いらしいが、ここは、変則的で、1年目は1時間診察を週5回、2年目は2時間診察を週5回、3年目は3時間診察を、、というシステムをとっているとのことであった。

興味深かったことのひとつとして、プリセプルームに、大量の薬のサンプルロッカーがあり、何に使うのかを問うと、薬代が払えない人のためにサンプルを渡したり、あるいは薬が変わるときに一度試してみるといった目的でサンプルを用いるそうだが、実質的には前者の需要が高いと思われる。
あと、ここの患者は外傷などの急患もいたので、どういう診療システムになっているのかを聞くと、各医師は診療時間内に予約患者と急患用の枠を持っていて、急患はその枠に入るのだそうだ。大学のクリニックのイメージだと、予約するのに2週間待ちとかで急性期疾患を持った患者にとっては非常に非現実的な印象があったので、ここのようなシステムがあるのは意外だったし、ここの医師もここはいいシステムだと自画自賛していた。

<Munson Medical Center>
2日目の朝7時のモーニングレポートから参加した。昨日の患者の申し送りと今日のラウンド予定患者の状況報告のことである。病棟では、2人のレジデントの回診に見学者の僕と五十嵐先生がそれぞれくっついての見学となった。その日は、家庭医療科の入院が10人足らずで、それぞれ3-4人ずつ受け持っていたようだった。普段も6人から14人程度が家庭医療科の入院患者だそうで、全入院患者の5%程度と思われるが、専門家と一緒に受け持つことも多く、明確に何人が家庭医療科の患者とは言いにくいようである。
カルテはクリニックと同様紙カルテであるが、orderingや、諸々のdata、画像などは、北部ミシガンで共通の電子システムソフトを用いているとの事であった。ソフトは薬の投与が確実に行われたかどうかがほぼリアルタイムで見ることができたり、患者さんのアレルギー歴なども一目で見られるよう、よく開発されていて、大変便利なソフトであった。さらに、ネットからアクセスできるそうで、家にいながらにしてデータをみたりもできるらしい。

ここの入院患者さんをみて、思ったのは、やはり、アメリカの入院患者は基本的にObesityをベースに生活習慣病を持った人が多いので、感染症にしても、その他の疾患で入院したにせよ、管理が相当難しいだろうということ。実際、採決や点滴ルートの確保も日本の患者に比べるとさらに大変である。それどころか、あまり太っていると血圧をとるのも難しいこともあるようである。疾患の複雑性から当然専門家によるアドバイスを適切にもらいながらの診療になり、それをうまく統合するのが家庭医の役目のように思われた。あと、産科に関しては、保険が家庭医による診察しかカバーしていないケースもあるようで、ニーズは高いと思われた。
僕がついたレジデントの回診は、日本での風景とそう変わったものではなかったが、患者の訴えを良く聴いて、丁寧に説明していた。憩室炎で入院し、その日に退院予定の患者が、感謝祭前で何を食べたらいけないかを質問していたが、Uptodateのコピーを渡していた。
指導医の回診も基本的なことを中心にレジデントに適切に指示してとは感じた。態度はやはり大変丁寧で紳士的であった。

昼食は病院で毎週行っている勉強会に参加しながらいただくこととなった。
テーマは頚部腫瘍の鑑別についてであった。ところどころジョークを交えながら若い女性が発表していて、耳鼻科かなにかの医師かと思っていたら、後に家庭医のレジデントであったことが判明した。どうして、この領域の発表を家庭医が他の科の医師もいる前でしたのかはよくわからない。

2007年11月23日金曜日

Detroit旅行












Saturday 10/27/2007
妻と一緒の初めてといってもいいだろう旅行がDetroit観光となった。
前日まで妻の日本の友人が泊まりに来ていたので、彼女を朝一番でDetroitの空港へ送り届け、その後そのまま市内観光することとなった。Detroitには朝の8時ころに到着。しかし、街はまったく人通りがなく、見る人といえばすさんだ格好をした物乞いの人ばかり。映画の一場面のような危険な雰囲気が漂っており、不気味な感じながらとりあえず車で町並みを観光することとした。

<Detroit Down Town>
 まず、グリークタウンに向かった。24時間営業のカジノの前を通ったときだけは確かに路上駐車がたくさんあり、警官が何人も駐留していた。ガイドブックに書いてある通り、ここだけは常に人が集まるところであるというのにうなずけたが、それ以外はびっくりするほどひっそりした街であった。
 次に、ガイドブックに載っている街はずれのEastern Marcketに行こうとしたが、いつのまにかハイウエイに乗ってしまい、目的地から外れてしまったので、いったん仕切りなおしのためマクドナルドで朝食をとることにした。このとき気付いたのだが、従業員も含め客も黒人ばかりであった。ついでにこちらのマクドナルドをはじめて食べたが、日本と比べても超脂っこくて何十にも重ねた紙が油でべたべたになるくらいであった。妻はビスケットを注文していたのだが、ほとんど食べられなかった。

<Charles H.Wright of African American History>
http://www.maah-detroit.org/ おなかを満たした後は、デトロイト美術館The Detroit Institute of Arts(DIA)に向かった。モネやゴッホ、ルノアールといった印象派の作品とエジプト、ローマの古代美術は特に充実しているとのことで、大変期待して訪れたのだが、不運なことに改築工事中で休館となっていた。がっくりきたが、仕方ないので、近接したところにあるアフリカ系アメリカ人歴史博物館Charles H.Wright Museum of African American Historyに入ることにした。
 アフリカ系アメリカ人が奴隷としてアフリカからアメリカに連れてこられ、ひどい迫害を受けた後、人間としての権利を勝ちとるまでの歴史がリアルな映像やジオラマなどで披露されていった。想像以上にいい施設だった。このとき、ここデトロイトで黒人が多い中、こういう博物館が設置されている理由が分かった気がした。

<Renaissance Center> 
その後、デトロイトのシンボルといわれるRenaissance Centerを訪れた。向かいがデトロイト川をはさんでカナダ領のWindsorという景色の良いところに立地し、どこからみても見つけられる摩天楼が特徴の建物であった。地階にあるGM Wordの車のコレクションを期待して入ったのだが、ここも的外れとなった。その日のワイン会社のイベントか何かでその展示場には入ることができなかったのである。それ以外のショップも特に見栄えするほどのものはなく、そのままそこをおさらばしてフォード地区へ行くことになった。このRenaissance Centerのひとつの観光目玉であるTour Ren Cenに参加できなかったため、地上72階のCoach Insigniaは見れなかったが、たぶんそれ以外に見るべきところはなかったと思われるので、時間短縮意味でも参加しなくても良かったと思う。











<Henrry Ford Estate>
http://www.henryfordestate.org/index.html 街中では詳しい地図を入手することができなかったので、ガイドブックの粗い地図を頼りにだいたいの見当をつけて向かったのだが、予想以上に苦戦した。なんとかmilestoneである、Ford Rd.を見つけてまずはヘンリー・フォード邸Henrry Ford Estateに向かった。しかし、地図の不備のために入り口を見つけるのに相当苦心した末、なんとか2時半ころにミシガン大学の所有地に隣接したヘンリーフォード邸にたどり着いた。
ガイドツアーには全部で1時間半も要するいうので、時間節約のため、最初はこのツアーに参加しないつもりだったが、後にツアーに参加しないと建物の中を見学できないことになっているとの事が判明。仕方なく計画を変更して、15時からのツアーに参加した。
 参加人数は約10人ほど。かなり詳しい説明で途中のお土産やさん見学時間も含めてきっちり1時間半かかったが、それでも見ていない部屋があったほど大きなお屋敷だった。実際、部屋数は半端じゃないほど多く、たとえば、3人の子供の部屋の寝室も2部屋ずつあるし、応接室らしきところもこんなにあってどうすんの?と思わずいいたくなるほどであった。
建物自体は、派手な装飾に彩られているというよりは、むしろがっちりした建築だった。もちろん、ダンスを踊ったりするところ、ポーチ、今はレストランになっているホール寝室など素敵な部屋もたくさんあった。そして、やはり当時としては、最先端でしかも贅沢なかっこいい車のコレクションの数々や、それの工場の設備には満足した。しかし、全体としてあまり華やかな印象を受けなかったのは、いい家具の大半がニューヨークの博物館に展示されているらしくて、残された家具はそれほど魅力的でなかったのが一因かもしれない。















<デトロイト観光を終えて>
 妻の友人を送るついでに観光したデトロイトであったが、フォード邸をはじめとしたフォード地区を見るのは一定の価値があるとは思えたが、美術館めぐりといった目的をもって行くのでない限り、特に市内観光についてはあまりお勧めはできないというのが正直な印象であった。

2007年11月18日日曜日

the 23th Silver Bell










Saturday 11/16/2007
http://www.lansingarts.org/silverbells.htm

18:00ころから21時にかけてLansingのダウンタウンのState Capitalを中心にparadeがあるという情報を妻が通っている英語学校から入手してきたので妻と一緒に見に行ってきた。イルミネーションを装飾した車の数々やマーチングバンドのマーチなど1時間半程度かけて繰り広げられ、最後にはState Capitalの前の大きな樅ノ木(State of Michigan Official Christmas Tree)に明かりが点灯され、花火が上がるというイベントであった。去年は10万人が集まったというからこの街の中ではかなり大きなイベントのようで、会場はお祭り騒ぎでけっこう楽しかった。特に花火のあがったCapitalをバックに見るクリスマスツリーは本当にきれいだった。驚いたのは、この日は会場周辺の駐車場は全てただになり、バスなどの交通手段も大半は無料になるとのこと。市もこのイベントに一役買っているのもここの国民性か?ただし、おかげで、帰りは車の大渋滞になるので注意が必要。

Family Medicine in Japan(スライド発表)










Thursday 11/15
今日は、数週間かけて準備をしてきた、Family Medicine in Japanの発表http://www.iew.msu.edu/intledweek-details.php?ID=3188であった。
これは、 U.S. Department of Stateとthe U.S. Department of Educationが協賛となって、アメリカ人のグローバルな環境に備えるのと諸外国の研究や学び、経験の交換を通して将来のリーダーを魅了するために企画されたプログラムである International Education Week の中の1プログラムとして企画されたものである。Family medicine in Japanは、もともと私のいるdirectorが依頼された講演なのだが、プログラムに実際に参加している私にも発表の機会を与えてくださったので、引き受けたために私の発表が実現した。私のdirectorは、彼女の発表の中で日本人が長生きで、universal medical insuranceがある日本の医療制度を大変評価していて、この視点からアメリカの医療制度に疑問を投げかけているといった内容と、あとは今MSUで進行中のこの'The Methods in Family Medicine Educating Training Program(私のプログラムの正式名称)'の目的やできるまでの背景などについて30分くらいかけて紹介していた。その発表の後、私は、日本の開業医に代表される一般医が日本のプライマリケアを支えてきたこと。しかし、時代は変わり、そういった開業医は高齢化し、医療費の高騰、高齢化といった問題を背景として、新たなプライマリケアを専門とした医者のニードが高まっていること、それを受けて、家庭医療学会がついに卒後のレジデンシープログラムを正式に認め、それにより現在までで67のレジデンシープログラムが誕生したこと、そして自分のこれからの使命について15分程度で説明したつもりである。
発表の後、20分くらいかけて質問を受けたが、おもに聞かれたことは、日本の医師は訴訟対策でどれくらい金をかけているのか、日本人の卒前教育にかかる費用、家庭医療後期研修プログラムは国から助成金は出ているのか、universal medical insuranceというが、実際に金は個人にどのくらいかかっていて、それは平等なのか?などが出た。やはり、アメリカの医療費の高さを物語っていてかお金にからむ質問が圧倒的に多く、答えられないものもかなりあったところは、もう一人のscholarの先生やdirectorに助けていただいての回答となった。
場所はClinical Centerに隣接するRadiologyの講堂を使って12時から1時間程度で開催された。家庭医療科の先生や他の科の先生、そして学生が参加していてだいたい総勢20名くらいの参加ではなかったかと思う。英語で発表し、そして質問を受け、英語で説明するといった作業は、英語がつたない私にとっては非常にストレスフルで、チャレンジングな内容であったが、満足まではいかないが、なんとか終えることができて安堵している。